東京・新木場最後の木挽き職人、林以一さんの著書『木を読む』と出会い、職人としての生きざまに魅せられてしまった22歳の私は、教職のための学費を捨て「木の文化を継承する職人」になるための道を探りました。見つけたのは木工の学校「たくみ塾」でした。
早速に訪ね塾長に想いを伝えます。想いは汲んでくださいましたが「2年間は朝から晩まで修行の日々。生活費の用意と入学試験合格が条件」と告げられます。まずはお金を稼がねば。そんな折、大学の樹木学実習でお世話になった演習林の技官さんに森林組合の仕事を紹介されます。
稼ぐことが目的とはいえ、木工にも関係がある林業の仕事。しかもこの技官さんが地元静岡市井川という山奥の村に生まれ育ち、山を知り尽くしたマタギのような方。「俺がいくらでも山遊びに連れてってやるよ。」林業よりお金より、その「あま~い!?」言葉に惹かれたのは事実です。
山伏より聖岳を望む 聖岳山頂から望む赤石岳などの北側の展望
写真はWikipediaよりお借りしました
実は実習に行った3年生の秋に、この技官さんに誘われて人生初の3000m級登山を経験しました。南アルプスの聖岳です。川崎に生まれ育った私のそれまでの登山経験は高尾山と箱根山のみ。その私が聖岳で「人の気配をほとんど感じない野生の世界に足を踏み入れていること」へのなんともいえない喜びを感じてしまったのです。カツラの甘い香りやシラビソなどの精油の香り。針葉樹の深い緑と色とりどりの紅葉のコントラスト。今でも記憶が蘇ってきます。もちろん一人で歩くときは不安や恐怖もありました。しかし翌日の山頂への途中で歩いた早朝の稜線はこの世の世界とは思えず、本気で昇天してもいいと思ったほどです。お街の小娘が「山」に開眼してしまった瞬間でした。
そんな経験をさせてくださった技官さんのお誘い。あまりの奥地の山村なので親に不安を口にされましたが、私は井川行きを決めます。
ここから始まった私の林業人生。かれこれ二十数年経ちますが、私の林業のベースはほぼすべて井川にあると言っても過言ではありません。その多くは現場で一緒に汗を流したじいちゃん達から学んだこと。チェーンソーや重機がない時代を知る世代。最高齢は79歳でした。大井川を河口の島田まで川流しで材木を運んだ人です。山で生きることの醍醐味や山の豊かさを教えてくれました。じいちゃん達は言うなれば「山」の職人。実際にその姿に目の当たりにしたじいちゃんたちのかっこよさは、本の中の林さんの比ではありません。山を誇りに生きるじいちゃん達との井川での3年間はまさに私の人生の宝物です。
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